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そして、良くないことは続くものだ。

俺はうっかりしていた。失念していた。

風紀が生徒会と対等の立場であり、それを示すように風紀室と生徒会室が同じ階に設置されていたということを忘れていた。

それ以上に、

「あ?てめぇは…似非優等生じゃねぇか」

「――しまった」

來希に眼鏡を壊されたまま、今は黒のカラコンを付けているだけで素顔を晒しているということをすっかり忘れていた。

「眼鏡はどうした?やっぱり伊達だったか」

コツコツと、足音を立てて近付いてくる遊士に俺は条件反射で逃げ道を探す。
しかし、それに気付いたのか遊士は瞳を細めると口角を吊り上げて捕食者の目で笑った。

「逃げられると思うなよ」

「だれが…」

じりじりと迫る距離に虚勢を張る。
しかしその甲斐なく、だんっと囲うように廊下の壁に両手をつかれて俺は逃げ道を絶たれた。

見下ろす漆黒の瞳は鋭く、視線を反らすことは許されない。他に役員は居ないのか、嫌に静かな雰囲気を纏う遊士に俺は背に冷や汗が伝うのを感じた。

「どうした?今日は噛み付いてこないのか?」

「………」

遊士の挑発にも賢明に俺は口を閉ざす。
長い指先に顎をとられ顔を上げさせられると、至近距離で視線が絡んだ。

「口は生意気だが案外綺麗な面だな。それに…こうして近くで見ればアイツに良く似てる」

「………」

「透き通る蒼い瞳と…月明かりに翻る銀の髪」

ピクリと正直に肩が反応する前に俺は遊士に髪の毛をわし掴まれ、ぐっと強く後方へ髪の毛を引っ張られた。

「いっ―…!ってぇな!なにす…!」

「髪は本物か」

髪は、と間近で囁かれドキリとして不自然に言葉が途切れる。

「だが、その目は偽物だな」

掴まれたままの顎を左右に振られ、瞳を覗き込んで言われた。

髪を掴んでいた手が離され、逃げるなら今かと僅かに体を捩った俺の頬に顎にかけられていた遊士の指先が移動してくる。
そして、俺の行動を読んでいたのか遊士の低い声が強制力を伴って落とされた。

「動くな」

頬に添えられた手が、指先が俺の目元をなぞるように滑って、目を大きく開かせるようにグッと力を入れて目元の肉を下方へと引かれる。

「目を傷付けられたくはねぇだろ?」

「〜〜〜っ」

眼前に迫った指先に俺は目を見開く。

コイツ、強引にコンタクトを外す気かっ!

俺は慌てて頬に添えられていた遊士の手を叩き落とし、密着した遊士の体を右足を振り上げて蹴り飛ばす。

「…っと!あぶねぇな」

悔しいことにもちろんあたりはしなかったが。

「ありえねぇ…」

遊士の暴挙に俺はついていけなかった。
げんなりとした表情で呟いた俺の様子を気にも留めず、遊士は冷静に俺を見定めていた。

「伊達眼鏡にコンタクトとは随分周到だな。それだけ知られたく無い何か、隠したいことがあるってことか」

これは否定した方がいいのか。しかし、ここで否定しようものなら疑いを確信付けるようなものだ。

遊士の独り言に俺が言葉に迷っている内に、今しがた俺が出てきた扉が微かな音を立てて開く。

「あれ?まだ居たのか糸井…と、遊士?」

「………」

室内から、タイミングが良いのか悪いのか掃除屋コンビが出てきてしまった。

遊士から距離をとって立つ俺をどう思ったのか誠士郎は俺達を見るとまずゆるゆると首を横に振り、深い溜め息を一つ落とした。

どういう意味だ?

「お前もなのか遊士」

そして誠士郎はどこか疲れた表情を浮かべ遊士に声をかけた。

「も、ってどういう意味だ」

声をかけられた遊士は鋭い眼差しを誠士郎へと返し、誠士郎はその眼差しを難なく受け止める。

って、風紀と生徒会は口も聞かぬほど仲が悪いんじゃなかったのか?

「久嗣がな、糸井を珍獣だと言って飼いたがったんだ」

せめてもっとオブラートに包むとか、もっとマシな言い方をしてくれ。

「なに?」

その台詞を聞いて遊士は片眉を上げ、誠士郎から久嗣へと鋭い眼差しを移す。
誠士郎と同じく久嗣も突き刺さる視線を気にした素振りも見せず、遊士に淡々とした声を返した。

「滅多にいない珍獣だ。手に入れようとして何が悪い?まだお前のモノでもないだろう、遊士」

「チッ、…何でこう面倒臭い奴を引っ掛けてきてんだお前は」

不意に遊士の苛立った視線がほぼ傍観体勢入っていた俺に向けられる。

「ンなこと俺に言われたって、逆に俺が言いたいぐらいだ。そもそも風紀と生徒会って仲悪いんじゃないのかよ」

普通に会話が成立していることに俺は言葉を突き返してやった。



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